GESCHREVEN DOOR

Hitomi Kanehara (JP)
VERTAALD DOOR

Shailoh Phillips (GB)

Julienne Weijden (NL)
Column 5
01 December 2009
日本に帰国して一週間。すっかり日本の生活に戻ってしまった。旅行中の、何とも言えない浮遊感は失われ、強烈な現実感の中で元通りの生活を送っている。飛行機は、離陸時と着陸時が一番墜落する率が高いと言われているのにかけて、海外出張前と海外出張後の嵐のような忙しさを、今回は離陸が一番大変だった、とか、今回の着陸は大荒れだったなどと表現するのが私の中では定着しているのだが、今回のハーグはフライト中(出張中)もまた嵐の中を飛んでいるかのような慌ただしさだった。
年末進行というものは、海外にもあるだろうか。年末年始、皆が会社を休み、印刷所も休んでしまうため、その分いつもよりも仕事の進行が早くなる事をそう言う。つまり作家にとっては、いつもよりも締切が早まるという事だ。日本の会社員はワーカホリックだが、それでも基本的に年末年始はまとまった休みを取るのだ。つまり日本では今の時期、作家たちは皆年末進行の締切に追われ、ひいひい言っている。それはもちろん私も然りで、ひいひい言っている。ハーグでは言葉から解放されるかと思っていたけれど、コラムを三本書かなければならなかったため、向こうでもずっと言葉を考えていたし、帰国前も帰国後も、言葉に追いかけられているかのように、頭の中とパソコンの画面は言葉で一杯だ。もちろん、パソコンの画面が真っ白であっては困るが、この生活の中ではどこにもかしこにも言葉が蔓延していて、少し食傷気味ではある。
私の朝は子どもの「起きてー」という言葉で始まる。そしてつたない言葉で喋る子どもの声を聞き取り、理解し、要求に応え、飯を与えジュースを飲ませ支度をさせ、保育園に預けた後、パソコンを開き完全なる言葉の海へと旅立つ。言葉の海から帰還したら、今度はパソコンをネットに繋ぎ仕事のメールを書いたり読んだりし、軽く家事を片付けたら資料の本を読んだり、原稿に目を通したりして、とにもかくにも言葉に溺れる。カフェに居る時だって、隣の人の言葉が面白ければ書きとめるし、面白い出来事に遭遇しても書きとめる。お迎えに行けば子どもに「今日は何をして遊んだ?」と問いかけ、編集者である夫が帰宅すればほとんど自動的に文学の話が始まる。世界は言葉に満ちすぎている。自分自身が世の中に言葉を蔓延させている犯人の一人だと知りながら、たまにはテレビもパソコンも雑誌も本も何もない、南国のコテージで一人佇みたいと思う。私が今の生活の中で言葉から解放されるのは、一人家事をこなしている時と、お風呂に入っている時くらいなのだ。人間の、言葉に対する希求を見ていると、まるで何かに憑かれたようだと感じる。静かに過ごしたい。子どもが泣き喚くだけの存在だった頃もそう思ってはいたが、一緒にいるとわあわああれこれ話しかけてくる生活の中では、より強くそう思わざるを得ない。
例えば、僅かな空き時間を静かに過ごしたくて入った喫茶店で、顔見知りの客が話しかけてきたり、お風呂に入っている時「電話だよ」という声が聞こえたり、あまり読みたくない本が献本されてきたり、そういう時、止めてくれ、と思う事は誰にだってあるだろう。一日中人と話して帰ったら、家では少しくらい静かに過ごしたいと思うだろう。でも、一日中人と話して人疲れして帰宅した後、テレビを見たり本を読んだり、家族と話したいという時もある。言葉言葉の世界に生きているせいかどうか分からないが、人には言葉によってしか癒されない部分がある。優しく頭を撫でてもらったり、マッサージに行ったり、セックスをしたり、そういう事で癒される所もあるが、本を読んだり、言葉を掛けてもらったり、誰かととことん話し合ったり、そういう事でしか癒されない部分がある。言葉で構成され、言葉で形作られてきた人間には、否応なしにそういう性を併せ持ってしまったのだろう。
子どもは毎日、あれこれと絵本を持って来ては「読んで」とせがみ、一日に五十回くらいは「これなあに?」と聞き、覚えた単語を使いたくてあらゆるシチュエーションに当てはめて使ったりしながら、どんどんと言葉を吸収している。ハーグにいる間、子どもは急激に言葉を伸ばした。これまでも海外へ行くと、その都度子どもは日本語を飛躍的に伸ばしていった。それはきっと、言葉が通じない=自己の崩壊、という図式があるからなのだろう。そうして言葉を求め、言葉に依存し、言葉によって自己を確立させていっている姿を見ると、美しくも儚い生き物だなと、人間に対する愛情が芽生える。かくして、私は言葉を多用し、乱用し、紡ぎ続けるのだろう。

























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